かすてらすねお。(hateblo)

見聞録的ななにか。

『女装と思想』vol.7 感想文

 『女装と思想』vol.7 は、あしやまひろこ氏(@hiroko_TB)主宰のテクノコスプレ研究会が昨年の冬コミ(c93)で頒布した雑誌です。ボクは年末3日間浜松でアルバイトだったので、知り合いにお使いを頼んで入手しました。

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 『女装と思想』という雑誌の存在は、ツイッターで以前からフォローしていたあしやま氏のツイートを通じて知っていたのですが、『女装と思想』の実物を見た第一印象は、一見すると学術誌によくありそうなシンプルで格調高い装丁とデザインでありながら、中身は女装という「俗」なトピックを扱っているという落差、ギャップに「萌え」といいますか、ツボに入るような感覚がありました。記事は複数の執筆者が寄稿する「論文集」として構成されていて、女装に関する情報資源に飢えていた筆者にとってはまさに必読と感じられました。おととしの冬コミの時点で vol.1+2+3 vol.4+5 vol.6 は購入していたのですが、こちらは積読です……。

  さて vol.7 の目次はこちらです(表紙に書いてある)。

  『スカートの中はケダモノでした。
  著者 ハナマルオ先生と語る
  想像と創造の女装男子
  鼎談:ハナマルオ(漫画家)
     あしやまひろこ(会社員、筑波大学人文学類卒)
     担当編集T(漫画編集者)

  付論 今、ティーンズラブに女装が描かれること
  あしやまひろこ

  超ジェンダーの願 ――浄土に性別はあるのか?――
  鹿音のん(真宗大谷派僧侶)(←※太字は筆者によるもの)

  女装という思想
  くとの(筑波大学人文社会系助教

  装うことと撮ること
  くまのん(フォトグラファー・ライター)

 ……この界隈(?)は何でもありですし(?)もはや何が来ても驚かないつもりでしたが、僧侶という肩書はインパクトがバカでかかったですね。しかし真面目な話、昨年末は日本中世史における寺社勢力を勉強していて、日本の仏教に関心を持っていたので、「リアルお坊さんの文章が読める!」と勝手に盛り上がってました。

 さて、以下レビューです。

(pp.4-20)
スカートの中はケダモノでした。

著者 ハナマルオ先生と語る
想像と創造の女装男子
鼎談:ハナマルオ(漫画家)

   あしやまひろこ(会社員、筑波大学人文学類卒)
   担当編集T(漫画編集者)
 『スカケダ』については先日コミック既刊3巻がうちに届いたばかりなので、読んだらまた何か書くかもしれません。その状態で何か申し上げることがあるとすれば、あしやまさんが「本物の女装男子が描いたのではないかというくらい、女装男子の心理描写や所作が正確に描かれている」(p.11)と仰るように、作家さんの想像力には畏れ入るものがあるなと。筆者が好きな女装男子「波戸賢二郎」が登場する漫画作品に木尾士目げんしけん』があるのですが、これを読んだとき「波戸くん、お前は俺か」みたいな、作者に自分の心を見透かされるような衝撃がありました。あのような体験がまた出来るのならば『スカケダ』は是非読まねば、と思いました。
 ちなみにアニメやってたのは全然知りませんでした。アニメ観ない人ではないんですけど、ここ半年くらいはご無沙汰。最近全話観たのはアイマスSideMで、今はPPTPしか観ておりません。
 しかし、『スカケダ』という作品自体はアルバイト先のネカフェで知っていました。これはレディース系かなーと思い中身をペラペラ見て女装男子ものということに気が付き、はじめ「女装男子BLモノ」だと勘違いしていました*1。後から女装男子×純女というのを知り、それはそれで読んでみたいなと思いました。そう、組み合わせとかシチュって、気になるポイントですよね。どうして恋愛関係になったの?ってところが。俄然読むのが楽しみになってきました。

(p.21)
付論 今、ティーンズラブに女装が描かれること
あしやまひろこ
 ある漫画作品がアニメ化してそれがヒットするというのは、漫画作品のひとつの達成点なのだと思います。上述した通りネカフェで働く関係で、業務上の必要性から多くの漫画に目を通す機会があるのですが、性行為描写のある少女漫画あるいはレディースコミック*2ってけっこーあるんですよね。なかには読み切り描き下ろし作品を、同一作者のシリーズ作品の巻末に収録してるパターンとかもあったり。あるいは、単行本にすらならなかった作品もあったのかもしれません。そのような状況のなかでアニメ化のヒットが持つ意味を考えていく必要もありそうだなと思いました。

(pp.22-35)
ジェンダーの願 ――浄土に性別はあるのか?――
鹿音のん

 中世史研究家の伊藤正敬は『寺社勢力の中世』*3という新書で、中世日本の寺社勢力は国家権力から隔絶された「無縁」の空間を形成して、庶民や武士・貴族が逃げこめる場所になっていたことと、その背景には誰でも拒まず受け入れるという仏教思想が存在したことを語っています。このことが先に頭に入っていたので、真宗の教義もすんなり入ってきました。その上で「性別が存在せず、性別を必要ともしない世界」(p.33, 34)をどう考えるか。
 筆者は、自らの生きている世界が、性別が存在して性別を必要とする世界なのだと自覚的につきつける道具として、仏教の教えが機能していると考えます。自らの生きている世界について知る前に世界への認識そのものを放棄するよりは、知ってから放棄する方がマシでしょう。おそらく、鹿音氏が仏教を信じるようになってからの様々な気づきは、仏教の機能によるものなのかなと思います。
 それから、「女装」してきた筆者として、鹿音氏がいくつか共感できる事柄を書いています。

結局は、男でも女でもなく、「自分」という性を生きるより他にないのだと、最近は思っています。その「自分」という性に、たまたま私の場合は「女装」というフレーバーがちょこっと混じっていたという、ただそれだけのことじゃないかと。そして、これからどんなフレーバーが「自分」という性から醸し出されるかは、この先を生きてみないことには分からないことです。

 そして、「自分」という性のあり方がどんな形であれ、性別というカテゴライズの罠から逃れることは、この身今生を生きている限り難しいのではないか。

 ニューハーフ、女装子、男の娘、オネェ、ドラァグクイーンジェンダークィア……結局はジェンダーじゃん、と。全然トランスじゃないと。結局は「自分」じゃんと。(pp.34-35)

 自分の性は説明できなくても、自分が「自分」である時点で自分のままで居てよいし、この先の「自分」についても説明は求められないし、責任を負わなくたってよい。むしろ、人間の性を問う知の力や知の働きこそ、問題ではないか。筆者には、鹿音氏の一連の文章から、このような問いかけが聞こえてくるような気がします。どちらかといえばこれは筆者の問題意識なのだと思います。

(pp.36-43)
女装という思想
くとの(筑波大学人文社会系助教
 筆者はトランスジェンダーを考察対象とする研究をしていますが、日本と海外を安易に比較することに危機感を持ってきました。海外の動向がこうだから日本はこうしないという論じ方は、どこか権威主義的な屈折を抱えています。そこに内在している主義思想は何でしょうか? くとの氏がここで論じる「個人」というテーマは、そのような思想のひとつのように思うのです。
 筆者が「個人」と聞いて親しみがあるのは、自己論です。それこそ西田幾多郎の自己論、平野啓一郎氏の「分人」概念、土井隆義の「キャラ」論、斎藤環…etc。あるいはギデンズの近代化との絡みで考える近代的自己の議論は、社会学をベースにする筆者にとっては親しみやすいです。しかし、自己と個人って何が違うんでしょう。安易に等号で結ぶのは躊躇してしまいます。地雷の危険地帯を勇猛に歩くには、知識のない筆者には厳しいようでした……。

(pp.44-47)
装うことと撮ること
くまのん(フォトグラファー・ライター)

 くまのん氏は、自ら女装コスプレして撮られる側になることで、撮る側として撮られる側のことを知り、撮影に生かすことができたことを語っています。筆者は東方Projectオンリー同人誌即売会で女装コスプレしているので、完全に撮られる側の心理で読みました。
 筆者の女装コスプレは好きなキャラクターに扮して可愛くなるのが第一目的にあるため、撮られるための女装ではないのですが、撮られたくないのかと言われたらやっぱり撮られたいです(笑)。サークルの身内の人間に撮っていただくことはありますが、撮られるときに自分がうまくポージングできているか、不安を感じることはあります。筆者自身、撮られる側の勉強の必要性を感じますが、やっぱりカメラマンのフォローってけっこう救われるんですよね。最近たまに写真を撮ってもらってる友達は、「わたし写真撮るのうまくないから基本的に連写で撮りまくってるし、適当に動いてもらっていいっすよ~」とよくのたまっていて。

2017年末の佐鳴湖東岸にてバカ寒い強風に凍えながら

2017年末の佐鳴湖東岸にてバカ寒い強風に凍えながら

まとめ

 まとめにくいですね。例えばAERAの適当な号を一言でまとめろって言われたら多分ムリでしょう。様々なトピックの複雑性を無理やり圧縮すると、そこで何か良さが損なわれるような危機感があるからでしょう。vol.1+2+3 も読み進めてますが、ますますまとめづらくなると思います。
 まとめというより、振り返りとした方がいいでしょう。 "reflective" な意味での反省をするなら、自分の女装観を拡張してアップデートする手立てになったはずだと思います。そんな思想誌を今後も期待したいです(まとまったか?)。
 編集長のあしやまさん、そして編集委員寝声さん、くとのさん、en129さん、くまのんさん、お疲れ様でした。

※誤って vol.1+2+3 の編集委員を書いたことが分かったのでお詫びして訂正します。大変失礼いたしました。

*1:だって、静歌ちゃんみたいな女装男子居たらいいなーって思いません?

*2:うちの店舗では、女性向けコミックの大分類が「少女」「レディース」になっている

*3:伊藤正敬『寺社勢力の中世』(2008、筑摩書房