かすてらすねお。

見聞録的ななにか。

島根県議の発言について

ツイッターでこういうツイートが回ってきました。

リンクを開いてみるとまとめサイトで、レスはLGBTへの不満や差別的な書き込みが大半。こんな煽りタイトルのまとめブログなんか相手にするなよって話かもしれないけど、この手のツイートによって市井のLGBT「団体」に対する視線が厳しく疑わしいものになってしまうと、地元浜松でトランスジェンダー当事者団体で運営メンバーをやってる自分からすると大迷惑で、本当に死活問題なんですよ。

ということで、このニュースに触れていきます。

 

元ニュース:

LGBTめぐる島根県議の発言は「不適切」 支援団体代表、謝罪求める - 産経ニュース

魚拓:
http://web.archive.org/web/20180616042527/https://www.sankei.com/west/news/180615/wst1806150091-n1.html

「のりこえねっと紫の風」という市民団体はそもそも何をしていたのかというと、「国に性同一性障害特例法の改正を求める陳情」でした

性同一性障害特例法とその課題

あ、ここから普通の講義です。

この特例法は2003年に成立・2007年に改正したもので、一定の要件を満たせば戸籍の性別が変更可能になりました。2008年改正後の要件は次の通りです。

① 20歳以上
② 婚姻していない
③ 未成年の子がいない
④ 生殖腺がないか、永続的にその機能を欠いている
⑤ 他の性別の性器らしい外観を備えている

特徴的なのは、「身体の性別こそが社会的な性別である」という認識の表れとして捉えられる④⑤要件(SRS要件)により、手術による身体的な性別の変更が必要ということです。SRSとはSex Reassignmengt Surgeryの略で性別適合手術と言い、かつては性別転換手術と言われましたが、本人の望む性別に身体の側から合わせるという意味で「適合」という語が用いられるようになりました。

SRS要件を満たすための手術内容は身体の性別によって異なります。男性から女性になるMtF(Male to Femaleの略)なら精巣・陰茎摘出と膣形成を行います。女性から男性になるFtM(Female to Male)なら卵巣・子宮摘出、乳房切除、陰茎形成を行います。

しかし、現在の要件で戸籍の性別を変更できる人は限られてきます。

・社会的に異なる性別で生きることを望むが、身体の性別を変えることを望まない人
・診断基準を満たせない人
・通院費用を負担できない人
・未成年者
・健康上の理由で手術を受けられない人
・現に婚姻している人
・未成年の子がいる人

2018年4月よりSRSの公的医療保険が適用されましたが、ホルモン療法との併用の場合は適用外となり、当事者には巨額の負担が強いられます。また手術は本人に大きな身体的負担をかけますし、失敗するリスクもあります。医療機会の面では、国内の手術実績のある大学は5つに留まり、医療機関の不足が指摘されています。そのためタイなど国外で手術する当事者も少なくありません。

自らの性自認を実現させるため、社会的に性別を変更して生きていきたい人にとって性同一性障害者特例法は大きな風穴でした。しかし、厳しい要件によって性自認に法的な裏付けを得られない人は多いと考えられます。

はたして、本当に身体は社会的な性別の条件でしょうか? 手術をしなければ望む性別のアイデンティティが認められないのは人権にかかわる問題ではないでしょうか?

実際、SRSは当事者に大きく負担がかかるとして、④⑤の要件を満たさなくても戸籍の性別の変更が黙認される例があり、自分の知り合いにもいます。2017年8月には、2015年と2016年に性分化疾患の当事者について、家庭裁判所が手術せず性別変更を認めたケースもあり、この判例では本人たちのアイデンティティが尊重される形となりました。特例法は明らかな矛盾を抱えていると筆者は考えます。身体の性別こそが人間の性別でしょうとオウム返ししたところでそれは何の反論にもなりません。

何を陳情していたのか、そして県議の発言

以上で見てきたように、特例法はトランスジェンダー当事者にとって課題の残る法律です。ニュース本文にもあるように、のりこえねっと紫の風の陳情も「性別適合手術を受けなくても性別変更を認める法改正を国に請願」するものでした。

かたや、県議の発言はどうでしょうか。

県議は、男性として生まれたLGBTが、手術をせずに「女性の風呂に入り中でひげでもそったら、(周囲の女性は)びびると思う」と発言した。

そらビビるわなと自分だって思います。しかし、問題はこの命題の真偽ではなく、発言した場の状況です。審査会内で団体側からどのような説明がなされたのかは不明ですが、特例法の抱える課題と改正の必要性について、当事者はなぜそれを必要としているのかについて、説明していることは間違いないでしょう。

それを、「男性のLGBTが女湯でひげを剃るだろう」などと偏見を語ったわけですから、批判されて当然だと思います。県民から選ばれて県民が働いて納めた税金で働いているわけですから、県民の陳情の声は真摯に受け止めるべきです。問題は、発言内容の妥当性ではなく、その発言が持つ意味だと思います。

ここだけを切り取って拡散してLGBTや当事者団体への敵愾心を煽るようなまとめサイトや人々に強く憤慨するという意思を表明します。

件のまとめブログにはGID当事者の山本蘭さんの見解が社会運動的な戦略性から書かれていますが、筆者には県議の発言をいささか真に受けすぎている印象を受けました。