かすてらすねお。

見聞録的ななにか。

教室の風景が「変わる」ということ ~あるいは「学マネ」について

こちらは 静大情報LT大会(メディア・文化) Advent Calendar 2018 2日目の記事です。

 まず自己紹介から。

すねおと申します。学部は情報科学科で4年,プログラムはIS,大学院は2年余計に居るため大学生活8年目です。現在は情報社会学科の笹原研究室でトランスジェンダーの研究をしています。あと地味に @garicchi 氏とともに静大情報LT大会を立ち上げた張本人です。修論がうまくまとまれば今年度で大学を出ていくわけですが,何か置き土産ができるといいと思い,ちょうどACの告知を見かけたので,登録しました。

「メディア・文化」という言葉で思い浮かんだのは,学生が利用してきた連絡ツールの変遷です。まずはここから書いてみようと思います。それから自分の取り組んでいる社会学の話につなげていこうと思います。コラムか読み物だと思ってください。

 

自分はB2からM1にあたる2012年から2015年の4年間ほど,学部必修科目の「学習マネジメント」の授業スタッフ・TAをしていました。元々,自主ゼミの「ガバナンス研究会」に参加して吉田研究室に頻繁に出入りしていた関係で,吉田先生が受け持っていた講義の手伝いに参加するようになったのがきっかけです。そのつながりで,当時の学生には顔と名前がよく知られていたようです。

古参を気取るのではありませんが,自分がB1(2011年)だった当時は「Skype」が情報学部生でメジャーな連絡ツールでした。集団グループチャットができ,データのやり取りができ,標準OSのWindows7への導入が難しくない。そんなツールはSkypeくらいだったと思います*1。そんなわけで,グループワークで班が決まったらSkypeIDを聞いてグループ作成という流れが,ひとつ目の学年が終わる頃には定着していました。

しかし,変化が見られたのは2013年の「学マネ」です。現在のM2にあたる人達ですね。吉田クラスは研究テーマ決定のためネットを使った調べ物が欠かせませんので,ノートPCを開いてにらめっこする光景はありふれていました。わかりやすく言うと,そのノートPCがスマートフォンに置き換わっていたのです。そして,情14教室をぐるぐる巡回しながら学生の会話を聞いていると,「ノート」という聞き慣れない言葉を耳にしました。そう,LINEです。

総務省の平成29年度版 情報通信白書によると,2012年には10代の38.8%だったLINEの利用率は2013年に70.5%まで大きな伸びを見せ,2016年に至るまで大きな変化はありません(下図)。この数字の変化を見れば,教室内の風景が変化したのもうなずけます。

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画像の左上,10代と20代に注目。

つまり何が言いたいのかというと,過去に当たり前であったことがこれからも当たり前であるとは限らないし,そういう意味で私たちの認識は作られているものであるということ*2。変化したと感じることがあるとすれば認識の差分に過ぎないが,それは優劣があるということではなく,ただ質的な差異があるのみということ。それが社会的な現象であっても,説明可能なデータを持ってくれば検証可能であるということ。社会学の立場からはこのように言えます。風景が「変わる」という表現は,この意味で主観的観察です。本人達に変わったという認識はないはずですから。

ただし,これ自体が「社会学」かどうかはちょっと微妙です。社会学の立場と言いましたが,どちらかといえば社会現象を扱う「社会科学」の括りになると思います。社会科学の一分野である「社会学」は,従来の学問では説明しきれない現象を説明することに価値を見出します。従来の功利主義的な経済学は人間の行動を経済活動の面から説明しようとしてきましたが,人間の利他的な行動を説明することは苦手とします。社会学はこうした課題に人間の価値判断や道徳規範,あるいは政治性などの幅広い切り口から説明を試みるものです。社会学者の仕事のひとつは,このようなアプローチを経て,社会現象や社会問題を説明する新しい概念(言葉)を作り出すことだと言えるでしょう。

ひとつ注意しておくと,上で見てきた連絡ツールの変化は「取るに足らない」問題だということです。もちろん,そういう知見を積み重ねればビジネスに役に立つかもしれません。でも,はっきり言って面白くありません。強い問題意識を下支えとして面白いという感情が生まれるようなことに取り組めれば,それは研究らしいと思います。自分がTAを務めた2015年学マネで中澤さんが言っていたことをそのまま借りるなら,「研究の面白さは問いの立て方で9割決まる」。

吉田さんと他の先生の方針がどう違うか知らないので吉田さんのやり方を基準にしていますが,「学習マネジメント」は今振り返ると研究の手習いをする講義だったように思います。そろそろカリキュラムが刷新される時期で「学習マネジメント」が残るのか残らないかも知りませんが,研究行為の醍醐味を体験できる機会が与えられているのはとてもいいことだと思います。学マネの学生たちの出来と,その代の卒論の出来を比較すると,ちょっと面白い傾向が観察できるかもしれませんね。今後の学生はこの「面白い」という「おもしろがり」を大事にして,意義のある時間を過ごせればと思います。

 

*1:少し上の学年は Windows Live Messanger が利用されていたようです。

*2:このような立場を社会学では「社会構成主義」と言います。