かすてらすねお。

見聞録的ななにか。

ドミニオン拡張の移動動物園は移動動物園ではないかもしれない

有名なボードゲームドミニオン」の第13弾拡張版に「移動動物園」という作品があり、元々の英語名は”Menagerie”だそうです。「メナジェリー」と読みますが、ちょっと聞き慣れませんよね。同じ名前のアクションカードが第5段拡張版「収穫祭」にも収録されていますが、こちらも英語名は”Menagerie”です。

ドミニオン:収穫祭より、”Menagerie(日本語訳: 移動動物園)”

ドミニオン:収穫祭より、”Menagerie(日本語訳: 移動動物園)”

そもそも私は「移動動物園」という単語すら知らなかったので、これがどういうものを指すのかがいまいちピンと来ませんでした。収穫祭「移動動物園」のカードアートには巡業のようなカードアートが描かれていますが、拡張版「移動動物園」のボックスアートに描かれている開放的な自然の世界とは大きくかけ離れている印象が否めません。両者は同一の「移動動物園」なのでしょうか?

「ドミニオン:移動動物園」のボックスアート(写真は英語版のもの)

ドミニオン:移動動物園」のボックスアート(写真は英語版のもの)

特に拡張版「移動動物園」のボックスアートは私達の知る動物園からも距離があるように感じます。少なくともこちらの「移動動物園」が何を意味しているのかだけでも知りたいです。

そこで、ホビージャパン社のウェブサイトにある公式フレーバーテキストを確認することにしました。どういう動物園をイメージしているのかが分かるかもしれませんよね。

ホビージャパン社のウェブサイト(ドミニオン:移動動物園)

……のですが、機械翻訳のような日本語の文章で翻訳が正確でないような気がしたので、発売元のリオ・グランデ社がウェブサイトに掲載している原文を確認して、ホビージャパンの和訳を一部参考に、自分で和訳してみました。

リオ・グランデ社のウェブサイト(Dominion: Menagerie)

"menagerie"だけ「メナジェリー」と仮置いて、周りの文脈から意味を読み取ってみようという作戦です。(※結論としては収穫が無かったので、興味が無ければ読み飛ばしてください。)

 

Dominion, that’s what you’re trying to achieve.
ドミニオン(支配)、これこそが貴方の成し遂げようとしているものです。

This time with animals!
今回は動物達が一緒です!

They each have a lesson to teach, whether it’s how to spit really far, or what kind of grass tastes the best.
彼らにはそれぞれ見倣うべき教えがあり、それは唾を遠くへ飛ばす方法であるとか、どんな草が一番美味しいのかなどといったものです。

It’s a lot to keep track of, but you’re like an elephant: you remember everything. And you’re afraid of mice.
山ほどの記録すべきものがありますが、貴方はゾウのように非常に記憶力が良くてなんでも覚えていることができます。あとハツカネズミが苦手です。

”Way of the Mouse”/「ハツカネズミの習性」

”Way of the Mouse”/「ハツカネズミの習性」

You’ve taken up riding. Horses are intimidating; they say you can lead a horse to water, but you haven’t managed it.
乗馬を始めてみました。馬は威勢がよくて、水辺まで曳くことができるそうですが、なかなかうまくいきません。

”Way of the Horse”/「馬の習性」

”Way of the Horse”/「馬の習性」

So you’re working your way up, starting with dogs.
そんなわけで地道にやることにして、イヌから始めることにしました。

So far so good; the dog hasn’t bucked you off yet.
今のところは順調で、振り落とされることはまだありません。

Your menagerie got off to a poor start, with just a goat, two rats, and the adviser who suggested starting a menagerie.
貧相な出だしを切ったメナジェリーには、たった1匹のヤギと2匹のハツカネズミ、メナジェリーを作るのを勧めた助言者が居るのみだった。

”Way of the Goat”/「ヤギの習性」

”Way of the Goat”/「ヤギの習性」

You couldn’t get that fox you wanted, but it was probably bad anyway.
欲しかったキツネは手に入りませんでしたが、恐らくどっちみちイマイチだったことでしょう。

Now you’ve got some camels, which are just as useless for sewing as you’d been warned, and a turtle that can hold its breath for longer than anyone can stay interested.
今度手に入れたラクダは元々聞いていたのと全く同様に裁縫の役にすら立たず、カメはというと誰もが飽きてしまうくらいの長さで呼吸を止めるのです。

”Way of the Camel”/「ラクダの習性」

”Way of the Camel”/「ラクダの習性」

”Way of the Turtle”/「ウミガメの習性」

Soon the animal kingdom will be yours.
まもなく動物の世界が貴方のものになるでしょう。

 

「移動動物園」は疑いようもなく動物がテーマです。動物の生き方に学んで領地支配を成し遂げようという筋書きらしく、どうも領主にメナジェリーを開く(あるいは作る)よう進言した人間が居るようです。

文脈が破綻しないように翻訳してみたつもりですが、ハツカネズミが怖いというのに開いたばかりのメナジェリーにはハツカネズミがいるし*1、馬が手懐けられなくて代わりに犬にまたがっているし、なんかかっこ悪いですね。「動物の世界が貴方のもの」と言われてもなんだか冗談を言われているようです。

とりあえずこの訳が仮に正しいとして、メナジェリーとは領主が私的に買い集めた動物コレクションであると考えられます。言うなれば「私設動物園」でしょうか。そうすると、「移動」を冠した途端にわけが分からなくなります。動物を引き連れて行く領主というのもあんまりしっくり来ません。

 

しかしなんと、この疑問に答えてくれる研究論文を見つけました。メナジェリーに関して見つかった複数のオンラインで読める日本語の研究論文のうち、櫻井文子氏はメナジェリーに次の明快な説明を加えています。

娯楽と科学のはざまにて――19世紀メナジェリー再考(CiNii)

「メナジェリー」とよばれる施設には,王侯貴族が所有する動物コレクションを指す場合と,町中や見世物市などで動物を見世物にする娯楽施設を指す場合の2通りがある。

つまり、メナジェリーという言葉は二通りの意味を持っているのです。

上でフレーバーテキストを分析したように、拡張版の”Menagerie”はどちらかといえば前者の「動物コレクション」を指すものであると考えられ、収穫祭の「移動動物園」もとい”Menagerie”は後者の「娯楽施設」を指すものであると考えられます。

ついでに言うと、"zoo"はどちらの意味にも当てはまりませんね。この点も櫻井氏が次のように簡潔にまとめています。ここでは「近代的な動物園」が”zoo”に相当します。

都市に近代的な動物園が登場し、野生動物を観賞する場として確立してゆく課程(原文ママ)で、時代遅れのものとして徐々に人気を失い、やがて消えていった存在として、メナジェリーは研究史の中で位置付けられているのである。

これで謎が解けました。「私設動物園」という私の解釈はあながち間違いではなかったようです。しかし、そうなると”Menagerie”の日本語版があてた「移動動物園」という日本語訳は、ニュアンスを正確に汲み取れていなかった可能性が出てくるのです。

日本語訳にあたってどのような検討過程があったのかを知ることはできませんが、一つの英単語を別々の場所で異なる訳し方をすると統一感が無くぶれている印象は否めないかもしれません。

とはいえ、日本語話者はほぼ日本語版でしか遊ばないでしょうし、異なる王国カードに”Menagerie”と名付けられていて困惑の源泉になっているというケースでもありませんから、そこまでセンシティヴになる必要があったのかは疑問の余地が残ります。

 

ここからは個人の妄想なんですが、習性の内容とボックスアートを見るに、もっと「動物の世界」とか「自然界」といった事を表現したかったのかなと感じます。いっそ「大自然」とかどうですかね? 拡張としての色が表れてていいなと思うのですが。大自然

長々と書いてきましたが、Menagerieってなんなの? Zooと何が違うの? 収穫祭の移動動物園と意味は一緒なの? というのが知りたかったことで、それらはおおむね解決されたので良しとしましょう。

*1:”Way of the Mouse”は日本語版では「ハツカネズミの習性」と訳されているので、それに則りました