あの馬権のツイートに対して「馬は法律上はモノとして扱われる(=だから権利を持たない、そんな権利は無い)」と言っているリプライ見て思ったんだけど、権利って法的に保護されていようといまいと関係なく主張するものなんじゃないのか。
そうでないと公民権運動のように当時の社会では考えられなかった権利についての正当性をどこにも確保できなくなるよね。そういう言葉があるのか知らないけど、権利を主張する権利が根本として存在しないと、話にならないよね。人権そのものではなく人権の一部として必要だと思う。
だから、権利の主張に対して「法律にない権利を主張することはできない」という反論は権利を主張する権利を侵害していると考えられそう。なんか回りくどいけど。
ちなみに自分は馬に馬自身の権利は無いと言い切れないのではないかと思う。魂のようなものを信じているので、明日馬に転生してぞんざいに扱われたら嫌だし。
でも、動物の権利って難しいよね。自分ならぬ他者にはこういう権利があるはずだという主張って、他者に権利を必要とする意思が無いと意味がないし、動物だと尚更で。
ただ、意思表示が困難な者は権利を主張することが難しいことも加味しないとアンフェアのような気もする。
人間だって物心ついた幼い子どもが自らの不満を言語で伝達するのは難しい。まして、家庭や学校の環境すべてが意思表示によって社会的制裁やペナルティを喰らわないわけではないだろう。
はじめ、権利を主張する権利があるのではないかと書いてみたが、それは自分であっても他者であってもよいのではないだろうか。それは自由だろう。