かすてらすねお。

見聞録的ななにか。

社会学的アプローチによる現代の「貧困」概念の基礎的検討

社会学ゼミ課題で作成したレポートを記録として公開(Dropbox)。

 

本稿では,「貧困」概念の現代的な意味付けを論ずるにあたり,人の移動圏と財の経済圏により貧困問題が歴史的に変容することに注目することの重要性について述べられる。

 経済学者のアマルティア・センは,貧困を「潜在能力を実現する権利の剥奪(英: a capacity deprivation)」と表現した。その一方,関根(2007)は「貧困は単に所得だけの問題ではない」とした上で,「日本には,公的に定義された『貧困ライン』が存在せず」,そのことが「実際に生活困窮状態に陥っても国から保護が受けられずにいる世帯が多数存在する」ことに繋がるとして,日本の貧困対策批判を行っている。つまり,「貧困」概念の不在が問題とされているのである。このように,現代における「貧困」概念の意味付けについて明らかにすることは,今日の社会学にとって重要な課題である。

 A.ギデンズは以下のように述べ,社会学的思考について説明する。

社会学は,その起源が,西欧社会での産業化にともんあう社会的変容のもたらした初期の衝撃を理解しようとする思想家の試みにあり,今日においても依然そうした変容の本質の分析に関心をよせている基礎的学問である。(Giddens, 2006=2009: 17)

 ギデンズ(2006)は近代社会に生じた「初期の衝撃」を理解するために必要な社会学的思考について,愛情と結婚,健康と病気,犯罪と処罰という概念の変容を具体例に挙げながら詳述しており,いずれも通史的な視点の重要性について述べている。特に,「貧困」は現代に突然現れた問題ではなく,「生活問題の中でも最も普遍的かつ古典的」(平岡1980)な問題であることに注意する必要がある。
 そして,平岡は次のように続ける。

今日のわが国では,貧困問題は解決したという前提にたって現代社会のありかたが論じられることが多いが,1960年代の米英両国における「貧困の再発見」は,そのような議論の妥当性に疑問を投げかけている。(平岡, 1980: 1) 

 このような問題設定は,「貧困」という問題の歴史的な遍在性を前提としながら,現代社会における貧困問題の「再発見」と分析に向かうものであり,「貧困」に関する歴史的な,本質的な議論に向かうものではない。
 そこで,佐藤による日本における貧困問題の発生についての説明を見てみたい。

 食料の調達不全を貧困と名付けるならば,庶民の生活条件は人類社会誕生以来つねに貧困状態にあったと言えるが,コミュニティーの成員は一律な貧困状態を共有しており,成員が生存を確保出来ている限りは不足は貧困として問題視されない。ただ飢饉や天災などが発生するとコミュニティー全体の「食料調達不全」が物理的な問題として析出される。(佐藤, 2005: 16)

 古代国家が成立すると,食糧資源が税などの形でコミュニティーの外部に移転されることになるので,「貧困」がコミュニティーを越えた社会的な問題として発生する。 (佐藤, 2005: 17)

このような佐藤の見解によれば,貧困問題は,人類学的なパースペクティヴとは異なった次元で捉えられるのであり,それは国家の成立に伴って,社会内部の問題として「社会化」されたのである。このような貧困問題の社会化は,佐藤の中世から近代,戦後にかけての整理で通底されている。
 多少結論を急ぐようではあるが,佐藤の貧困問題の整理を簡約した上で,通史的な貧困問題の捉え方について筆者の仮説を述べるとすれば,それは,いかなる人の移動圏と財(食料,通貨)の経済圏が存在したのかによって説明出来る。この仮説に従えば,貧困問題の変容は,このような移動圏と経済圏の変容に注目することで説明出来ると考えられる。現代において「貧困」概念の意味付けを導出するには,こうした変容に注目することが求められているのである。

 

(了)

 

参考文献
Giddens, 2006, Sociology, Cambridge: Polity Pr.(=2009,松尾精文,西岡八郎,藤井達也,小幡正敏,立松隆介,内田健訳『社会学 第5版』而立書房)
平岡公一,1980年,「貧困と相対的不満の社会学的分析(抄)」『ソシオロゴス』4: 1-17頁,(2016年10月27日取得,http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~slogos/archive/04/hiraoka1980.pdf
佐藤寛,2005年,「近代日本の貧困観」『「貧困概念」基礎研究』15頁,(2016年10月27日取得,ジェトロ・アジア経済研究所, “http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Report/pdf/2004_04_29_02.pdf”)
関根由紀,2007年,「日本の貧困--増える働く貧困層 (特集 貧困と労働)」『日本労働研究雑誌』49(6):21,(2016年10月27日取得,労働政策研究・研修機構,NAID 40015509240,“http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2007/06/pdf/020-030.pdf”)

 

今読み返すと,最終段落でマジで結論急すぎてんな。人と財が出て来る論拠として,藩政の人と財の流通圏のブロックが原因で生じた飢餓による死者の話とか,貧困を逃れる為に都市に流入したり追い返されたりする農民の話とか,きちんと取り上げた上で整理すべきだった。 基礎に慎重になりすぎて,本当に言いたいことを言うだけで終わるのが自分の本当に悪い癖。がんばる。