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見聞録的ななにか。

中村美亜「心に性別はあるのか?」紹介

 この記事では、中村美亜氏が主著『心に性別はあるのか?』において論じる「心に性別はあるのか?」という問いを、中村氏の思考を追う形で紹介します。

文献と出典
中村美亜『心に性別はあるのか?~性同一性障害のよりより理解とケアのために~』
医療文化社、2005年
「心に性別はあるのか?」…文献第7章「性同一性障害の新しい課題」 pp.94-96
「“ジェンダー・クリエイティブ”」…上同 pp.100-101

心に性別はあるのか?―性同一性障害のよりよい理解とケアのために

心に性別はあるのか?―性同一性障害のよりよい理解とケアのために

 

 [pp.94-96] 心に性別はあるのか?
 中村氏は、性同一性障害が前提としている「人間ならだれにでも,ジェンダーアイデンティティ(性同一性)があるということ」をまず疑い、これを検討します。中村氏は、日本文化においてはアイデンティティが存在するとは考えてこられなかったことを念頭に、アイデンティティという概念の自明視をやめます。それを踏まえて、中村氏はジェンダーアイデンティティを「自律した自分をもつことを要求される文化*1において作られた一種のフィクション」と推測し、「心にも性別があり,それが男か女かは先天的に決定される」という言説が最たるものとしています。
 筆者が考えるには、ここで中村氏が用いる「フィクション」という言葉は、存在を否定する主張ではなく、「そこにそいういうものがあると信じられている」ことを前提とする態度を表現しています。興味深いのは、ジェンダーアイデンティティをフィクションと言いながら、それがアクチュアル*2な意識的実践と表裏一体に張り付いていることです。これらはけっして矛盾する事実ではなさそうですし、中村氏は文化的構築物をそのように理解しています。
 そうであるからこそ、ジェンダーアイデンティティはフィクションにおいて「自律した自分をもつことを要求される文化において作られ」、アクチュアルにおいて「生きることを通じて自分と他人との関係を作っていく中で,あるいは,社会生活で男女の振り分けがなされる中で,徐々に形成されていく帰属意識(および,反帰属意識)」であるという主張が両立可能になるのです。これは、アイデンティティの概念が存在するとは考えられてこなかった日本文化においても適用可能な理論でしょう。
 中村氏は、性同一性障害の精神的苦痛の原因は「心と体のズレ」ではなく、“自分と社会とのズレ”が生じることだとしています。そして、心に性別はあるのか?という問いに、「ノー」、そして「心“に”性別があるのではなく、心“が”性別を生み出す」 と回答しています。先に見てきたように、ジェンダーアイデンティティは自分が独自に作り出すものではなく、文化背景のある社会に存在して初めて文化的に構築されます。中村氏は性別という言葉をそのように用いていますし、それをもって「心“が”性別を生み出す」ということであり、(そのような性別をもつ)自分と、社会(のジェンダー規範)がズレるという事態が生じてくるということと理解できるでしょう。

感想
 文化的構築物のフィクションとアクチュアルのあたりで重要なのは、それを本人が自覚しているか、そうでないか、また自覚しやすいか、しにくいかというところだと思います。フィクションとかアクチュアルといった言葉選びが正しいのか自信はありませんが、本質的にはそういう問題だと思いますし、フィクションかどうかはどうでもいいです。自覚したらフィクションでなくなるという批判は、自覚のしやすさという点で回避できると思います。
 ただ、アイデンティティを自覚的に構成するのって精神的に疲労しそうですし、何より自由じゃないですよね。既存のジェンダー規範に従うにせよ、従わないにせよ、自由にアイデンティティを自ら構成できているかが問題だと思います。中村氏はそのような問題意識から、“ジェンダー・クリエイティブ”という言葉を使っているそうです。以下引用して締めくくりたいと思います。

 「…これ*3は,各人が自分らしく生きるためにはどうしたらよいかを,既成のジェンダー観にとらわれずに考えていくことである。…ジェンダーとは,社会的な性だといわれる。しかし,よくよく考えてみれば,それは有無をいわさず外から与えられるものでは決してない。個々人が,意識的であれ無意識であれ,内から創り出しているものである。そうだとすれば,既成の“男らしい” “女らしい”という形(カタ)をどうするかを過度に云々しなくても,個々人が自分らしい“形”を創造していけばそれでよいのではないだろうか。」(中村、pp.100-101)

*1:文脈としては西洋文化のこと

*2:筆者がフィクションという言葉に対応させて独自に用いる

*3:ジェンダー・クリエイティブ”