かすてらすねお。

見聞録的ななにか。

【続続・感想】『不可ぼく』哲と百雲の関係

この記事は,『不可ぼく』続・感想記事の直接の続きで,3つ目の感想記事です。

繰り返しになりますが,粉山カタ先生の『不可解なぼくのすべてを』という漫画があります。pixivコミックまたはCOMIC MeDu(こみっくめづ)で連載中で,一部無料公開されているので,ぜひご覧になってみてください。この記事は第1巻を読み終えていることを前提とします。

【続・感想】記事では,第1巻(第1話~第6話)が「本人にとって『男の娘』であるということがどういう意味を持つのか」,そして「「男の娘」が男の子と付き合うとはどういうことか」をテーマにしていることを述べました。

そこで,本記事では後者のテーマについて,哲と百雲がお互いに向ける気持ちについて考察したいと思います。今回はそれがよく示されている第2話第5話の各シーンに注目します。

ちなみに読むのに20分~30分くらいかかると思うので,第1巻をご用意ください。

 

第2話

「哲」のことを「ラブかも」という百雲に対して自分も「彼氏」がいると言う「鈴」に,百雲は「ホモなの?」と聞くが「めい」にしばかれて謝罪します。鈴は「もぐもちゃんだって哲が好きなら同じじゃ…」と言いかけます。ここでいう「同じ」というのは,百雲が哲を好きというのが,鈴が「彼氏」と付き合っているのと同様に,男として男が好きであることを指しているのです。言明されていませんが,これは同性愛者のことと解してよいでしょう。

しかし,直後に鈴は「ん? 違うのか…」と訂正します。鈴はここで,百雲が男ではないと主張したことを思い返したのでしょう。それに百雲は「ぼくねー自分と同じ性別って感覚がよくわかんないの」と返します。つまり,同性を愛するということ以前に,相手を自らと同じ性別として認識するという感覚自体が分からないのです。

その理由は詳しくは語られませんが,少なくとも自分の性別を男でも女でもないと思っている百雲にとっては,ある相手を自らと同じ(男か女の)性別とは考えられないということでしょう。そんな百雲にとって「同性愛者」というカテゴリーは相応しくないのです。ここに,自らを男性と認識している鈴と,自らを男でも女でもないと認識している百雲の違いがよく顕れています。

強いて言うならば,鈴の言うように性別なんか関係なく,単純に「ラブ」と言い切ってしまえばよいでしょう。百雲の「ラブ」が異性愛・同性愛に当てはまらないことと,それと百雲の「ラブ」が「ラブ」であることは問題なく共存するのです。

 

第5話

もぐものことが気になっていることを鈴に指摘された哲は,自分が男が好きかもしれないと気付いた時はどんな感じだったのか,と鈴に尋ねます。鈴は「こんなに好きなのに
この想いは一生隠し続けなきゃいけないって思ったからね……」と自身の経験を語った上で,自らの気持ちを隠さなければならないことが哲の悩みのタネではないか,と哲に問い返します。

これに対して,哲は,女装する兄・智(さとり)が他人から指差されるのを見てきた経験から,兄とは違う状況であるとしながらも「ああいうの」が自分に向けられる可能性について考えてしまったと言います。鈴は関係を持つ以前の悩みと推測したのに対し,哲は関係を持った後について悩んでいたのです。哲が百雲との関係をどのように認識しているのかは分かりませんが,少なくともこの悩みは,社会通念上は「男」同士の関係であることが影響していると考えられます。

この会話を立ち聞きした百雲は,唐突として「わたし」「私」「あたし」という一人称を,心地を確かめるように呟きます。百雲は,哲の悩みを聞いたことで,もし自分が女の子になれたら哲が困らなくなるのではないかと考えたことが,後の琴音へのセリフからも推察されます。

しかし,百雲はなぜ立ち聞きすることになったのでしょうか。百雲はサイズの小さい靴を履いていました。この靴はメイド服に合いそうな靴として「琴音」が持ってきたものですが,初め琴音が歩きやすいと勧めた靴に対して百雲は「うーん…ハートかぁ」と反応した上で,「ちょいごつめでかわいい!」と選んだ靴なのです。その結果靴ずれを起こし,絆創膏をしに事務所へ行くことになりました*1。しかし,百雲は事務所の外から哲と鈴の会話を聞くと,てんちゃんに強制連行されるまで入れなくなります。

百雲は,サイズの小さい靴を履いていたこと,靴ずれを起こしたことを,哲に知られるわけにはいかなかったのではないでしょうか。自分の味方である哲はきっと百雲を心配し,サイズの合う靴を勧めるでしょう。しかし,自分に履けない女性サイズの靴があるということを哲に知られることが,哲の悩みを知った百雲にとっては致命的に感じられたのかもしれません。百雲と哲の昼食シーンにおける,絆創膏の貼られた百雲の踵(かかと)が強調されたコマは,百雲の靴をめぐる思いを象徴するかのようです。尊いとかもはやそういうんじゃないよこれは……

一応補足しておきたいのですが,哲は琴音に「同性愛なんてしたら絶対大変なんだから」と糾弾された際には,もぐもの心が男ではないと知っている上で,同性愛かどうかについては多少疑問を呈しているように見受けられます(第6話)。

 

まとめ

百雲が男性でも女性でもない以上は百雲と哲は同性愛の関係にならないですが,哲は同性愛的な関係に不安を覚え,それを内面化した百雲は異性愛的な関係の構築を探ろうとします。ほんとに鈴の言う通り「性別なんか関係ない」はずのところが,異性愛・同性愛をめぐって翻弄されるのは,なんとも皮肉に映ります。

もう第7話~第9話は読んであるので,この問題がどのように落ち着くのかを次回は書けたらなと思います。

 

おわりに

『不可ぼく』に読解力を試されているなと思いました。絆創膏の意味はこうやって書いてみるまでよく分かりませんでした。この作品に改めて感心してしまいました。

粉山カタ先生Twitter@kt_konyam
『不可ぼく』公式Twitter@fuka_boku

不可解なぼくのすべてを (1) (MeDu COMICS)

不可解なぼくのすべてを (1) (MeDu COMICS)

 

*1:男性で足が小さい方でも,必ずしも女性の靴が履けるとは限らないでしょう。