かすてらすねお。

見聞録的ななにか。

記録「セクシュアリティ表現の多様化 『異装』のコンセプトカフェ」

とりあえず研究テーマを絞り込んでいくために何か読まなきゃと思ってGoogle Scholorで2016年の論文を調べたらこれがヒットしたので読んだ。

 

出典:飯野智子実践女子短期大学共通教育科目非常勤講師),2016,「セクシュアリティ表現の多様化 『異装』のコンセプトカフェ」『実践女子短期大学紀要』37号: 46-62.

リポジトリパーマリンクhttp://id.nii.ac.jp/1157/00001411/

考察:

「2.5次元」の秋葉原では、生身の人間のセクシュアリティより、キャラクターのセクシュアリティの方が重要なのである。

 

秋葉原的異装文化は、アニメ、コミックス、ゲームが現実ではないのと同様に、目の前の男装した女性も、個人の現実のセクシュアリティを表しているとは限らない。

 

つまり,飯野にとってセクシュアリティの表現はコスプレの本質的機能ではないが,副次的機能である可能性は残されている。言い換えると,コスプレはキャラクターへの変身願望を叶える手段として受容されている一方で,そのキャラクターのセクシュアリティを個人のセクシュアリティと重ねる形で,本人のセクシュアリティ的な変身願望を叶える機能も果たしている可能性は指摘できるだろう。

ここからは推測で,ボクが最初期そうであったように,女装して生活することに諦観を抱くMtFの人が女性キャラクターのコスプレによって女装の段階的達成を目指すことは,そんなに珍しくないのではないだろうか? 以上が,セクシュアリティという観点から考えるコスプレ受容の可能性である。

感想:

接続表現が乏しいため,段落中の論理構造に注意して読まなければならない。また,段落を跨って文章を置いながら論理構造を把握しなければならない箇所も見られる。主張ごとに段落を整理すべきである。その代わり,文ごとに様々な関連用語が破綻しないレベルで散りばめられており,その説明すら省かれているにせよ,用語同士の共起表現や語用について学ぶこともできる。限られたページ数に論考を収める必要からこのような文章表現と構成になったことが想像されるので,もっとページ数を割いた著者の伸び伸びとした文章が読みたいと思わされるような論考だった。じっさい,著者が主張したかったであろう事柄は,「6 おわりに」にひとつのパラグラフとしてはっきりと示されている。それを次に示そう。

以上の事から、コンセプトカフェの「異装」は、新宿三丁目における「異装」とは意味が異なっているという事が明確になった。それは必ずしも個人のセクシュアリティを表すものとはみなされない(例え本当は表していても)。オタク敵な「萌え」とコスプレとセクシュアルなものとのバランスの上に成り立っている。利用者は、生々しい個人のセクシュアリティに触れる事なく、また、自身の性的指向性に何らかの疑問や問題意識を持つ事なしに、オタク文化というメジャーな趣味の範疇で、セクシュアルなものを消費する事ができるのである。